LITALICOの中俣です。
2006年の5月にアルバイトとして、笹塚にあったDeNAに入社し、8年ほど在籍させてもらいました。
僕がDeNAで学んだこと、僕が知るDeNAを紹介します。
読了率を最大化するため、全ての南場智子さんとの思い出と共に記すことにしました。
私は嫌なことを忘れる性質があるので、一部脚色されていますが、許容範囲と思い記します。
内輪ネタも含まれますが、是非お楽しみください。
(南場さん勝手にごめんなさい)

【どんな仕事でも最高品質を追求する】

入社したての頃の仕事というのは、メール1通送るにしてもかなりの神経を使います。
私にとって新人仕事の最初の思い出は、「コピーとり」、新人仕事の常連のあいつです。
私の場合、その指示者は南場さん。当時私は1年目にして社長室配属という大抜擢(自称)だったので、
彼女がいつも近くにいます。

南場さん「これ、コピーとってきて」
私「はい、喜んでぇぇぇ!」

(多分社長室配属がどうこうというより、彼女の視界に最初に入ってきたのが私だからだと思う)

初めての南場さんからの頼まれ仕事。インクの量は少し濃い目、ホチキスは絶対左上、
コスト上カラ―はNGで絶対白黒ってポンチョさん(秘書)も言ってた。
(余談ですが、資料作成上白黒コピーで分からない配色は絶対使うなと教わりました)

これで良し。ちょっと緊張しながら持っていく。
我ながらいい出来だ。自身満々に提出。称賛の言葉を待つ。
そしたら一言。

「あのさ、これがあなたの最高の仕事なの?」

あれ??これ、称賛じゃないですよね?詰められてますよね?
PCで何やらカタカタ打って、「コピー 取り方」の検索結果画面を私に見せる。

「コピーの取り方っていっぱいあるのよ、検索するだけでこんなにある」

頭にガーンとなった瞬間。
私はその時、最高の仕事をコピーにおいてやろうという姿勢は皆無。
最高品質を求める仕事と、そうでない仕事を勝手に仕分けをしていた。
このコピーという雑用の中だとしても、常に最高を求めなさいという彼女なりのコーチングだったのだと理解しています。
今でも、どんな粒度の仕事でも最高品質を追求せよという哲学ができています。

※ちなみに、この出来事は彼女は覚えていない。

【指示・命令をしないマネージメント】

新卒3年目のとある夜、新宿にある客単価4,000円くらい(もう少し安いかも)の飲み屋に、
当時人材開発部長だったM原(三原)さんに呼ばれる。
当時の私は某グローバル企業とのアライアンスという超難易度A案件(自称)に抜擢されており、
はじめての海外案件に寝食を忘れコミットしていた時です。

「来月から採用やって」と開口一番。

(え?俺まだこのプロジェクトやって3ヵ月目ですやん?しかも今度は採用ですか?
こんな大事な話、もうちょい高級な飲み屋でする話じゃないんですか?)

かくして、事業経験しかない私がDeNAの顔として採用を統括することに。

DeNAで採用と言えば、南場さんの一番の肝入り部署。なので、レポート内容は人事役員と南場さんに同粒度。
メールのCCに南場さんのアドレスを入れるという怖さ満点の仕事です。
(CCを抜かすような透明性が低い仕事をすると、即座に激詰めです)

その日から、早朝は携帯のスヌーズ機能か南場さんからの着信で目が覚めるようになりました。
おかげさまで、大分朝型になりました。

南場さんから私への仕事のスタイルは基本は2点。
1つはリクエスト、要望をあげる。そしてもう1つはクレームを入れる。
決して指示命令はしないスタイルです。
ただしちょっと厄介なのは、彼女のリクエスト通りに実行をすると、「なぜ指示通りにしたのか」ということを詰められます。
あくまで私がリーダーとしての意思決定をしないといけない環境設定が存在しています。

そんな中、私は一応採用の責任者を担っていたので、過去の応募者やら選考結果も見ることのできる立場です。
そうなったら気になりますよね、「過去の自分の選考評価」。
ええ、見ましたよ。自分の評価。そしたら、驚愕の事実を発見。

「あれ、最終面接、南場さんの俺への評価表。あれ、おかしい’×(バツ)’ってでっかく書いてある…」

俺不合格?なんでここにいるの?
一応M原(三原)部長に確認。これなんなんですか?

「ああ、見ちゃった?これ不合格。お前最終不合格なんだよ(爆笑)。HG原(萩原)に感謝しろよ」と一言。

事実、私は最終面接で不合格という結果でした。
ただし、最終的な採用の意思決定はリーダーが決めるのであって、社長ではない。
これが指示命令、決定事項だとしたら私はDeNAにはいなかったわけです。
私の前任、HG原(萩原)さんが採用リーダーで、彼の意思決定を重んじたという形だと聞かされました。

指示ではなく、要望をあげる。
命令ではなく、クレームを入れる。
今も私が意識しているマネジメントスタイルです。

【どんな時も気持ちよく働ける(働かされる)】

南場さんとは仕事の思い出も多いが、プライベートな思い出も多い。
某NHKさんの「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組で、全国的に私の浮気疑惑が流れたことがありました。
私がその相談を彼女にしたら、世間の皆様まで巻き込むということになりました(社内用語で「南場ブログ行き」と言います)↓
http://ameblo.jp/nambadena/entry-10032960989.html

おかげで疑惑は晴れましたが、価値観の相違でほどなく別れました。

おっと話は逸れたましたが、新卒1年目の終盤の話をします。
紆余曲折はしたものの、なんとか1人前近い仕事をするために、とにかくがむしゃらに働く日々。
土日も仕事に資する時間の使い方以外はしない。とにかく一心不乱に仕事に打ち込みました。
当然、プライベートは無茶苦茶になっていく一方です。
「なんで私との時間を大切にしてくれないの!」
そんな感じで、あっという間に当時付き合っていた彼女にフラれました。

これで仕事によりコミットできるね!と上司のN島(中島)さん、N藤(内藤)さん。嬉しそうだ。
夜になれば3人で飲み屋で傷に塩を塗られます。カラオケに行っては「歌詞重視」の選曲。
面白がっているのか心配しているのか分からないが(多分前者)、気が紛れるのが嬉しかった。

しかしだ。全然仕事に手がつかない。あの元気が取り柄のN俣(中俣)が化石と化している。
これはイチ大事だ、とN島さんとN藤さん。その事象がN場(南場)さんへとエスカレーション。

「よし、週末みんなでゴルフに行こう」

N島さん、N藤さん、そしてN場さんが私の息抜きにとゴルフに連れていってくれた。
N場さんに至っては、私の元気が出るようにと手料理まで振舞ってくれた。
なんだか、温かすぎて過ぎて涙が出た。
1年目の若造にここまで親身になってれくるなんてなんて素敵な会社なんだ、と。

仕事しか残されていない自分にとって、DeNAが家族のように感じた瞬間でした。
もはや家族。俺はもっと家族に貢献してやる、とはじめて誰かのために頑張ろうと思った瞬間。

よく考えたら、みんな名字のイニシャルが「N」。
その日から、DeNAの「N」姓には優しくするようにしている。

【強力な人材とそれを踏ん張って引っ張る経営陣】

今となっては話ですが、私は「DeNA卒業します宣言」を2度しています。
1度目は新卒2年目の時。2度目は現職直前。
所謂新人あるあるですが、仕事ができないフェーズから一定仕事ができるフェーズに移行すると

「俺はもっと出来るはず」
「あの人より俺の方が貢献している」
「もっと給与が高くてもいいのでは」

と思う時が必ず誰でも来る。

新人時代に色々と教えてくれたり、不相応な給与をいただいていた恩を忘れるフェーズ。
きっとこれを読んでいるあなたにもきたことがあるはず。

私にも来ました。新卒2年目の終わり。独立してやって行こうと。

当時の上司に伝え、HR担当役員とも話し、あとは退職という手前で携帯着信。南場さんです。
一言だけ。「今週末あけとけ」
やばいやばい怒られるどうしようどうしよう。

その週末の土曜、彼女の愛車のでっかい車が自宅近くに停車。
軽く近くで御飯をとり、帰りの車の中で彼女が一言私に言った言葉。

「お前はもっと大物になる。でもあと3年は必要。それまで私のところでやりなさい。」

残ります、と即答。
なぜかすんなりと残ります、という言葉が出たのを覚えています。今思うと不思議です。

それから5年、その時の約束の3年を大分経過しましたが、改めて卒業の意思を南場さんに伝えました。

「お前はそこそこ大物になった。DeNAの卒業生として、恥じない活躍をしなさい」

そこそこか。3年を超過したにも関わらず、彼女の期待値まで届かなかったが、
背中を押してくれるということは認めてもらった証拠と前向きに捉えました。

送別会は、南場さんが音頭をとってくれました。
同じ高校出身のよしみで、一緒に「丈夫」という不思議な歌詞の応援歌を歌った。

今は忙しく、中々お会いする機会がないが、定期的にメール等を通じて連絡をとっています。
以下は、そんなメールの中の抜粋です。

—–
おおおお、中俣、頑張ってるなー。
こちらも頑張らねば。DeNAは強い人材の集まりだから、成功しなければ責任は経営陣です。踏ん張ってます。
—–

今回の一連の中でも、きっと踏ん張っている最中。
きっと心強い仲間に囲まれながら、チームDeNAで、今回の件も乗り切っていくことでしょう。

僕が働いていたDeNAはこんな会社です。
今DeNAで働いてるみなさんも、きっとこんなDeNAを体験しているはずです。

ピンチの時ほど、ネガティブな意見が内部からも出てくると思います。

「あの事業、ダメだと思ってたんだよね」
「あんな人、採用するのはおかしいと思っていた」

外部だけでなく、内部からもこんな声が聞こえてきそうです。
かつてのモバゲー出会い問題、公取騒動、コンプガチャ。その時もそうでした。

しかし、問題が起きる度、新しいリーダーが生まれてきました。
リーダーというのは、そういう中でこそ変わらず一貫して力強くあり続ける人だと思います。
DeNAは、本当に強いリーダーが多く集まる組織です。
きっと今この瞬間、真のリーダーシップ、DQが問われているかと思います。

川田さんがいつも狂ったように言っていました。
次代を作ってきた会社たち。70年代のIBM、80年代のアスキー、90年代のリクルート。
DeNAは、その次の会社にしたいのだと。
次の代を飾る会社はDeNAかどうか。みんなの願いと期待がかかっています。
いつもの、力強く、真っ直ぐなDeNAを期待しています!!

LITALICO 取締役
中俣博之

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中俣博之
在籍:2006~2014
部署:ゲーム開発部
現在:LITALICO 取締役
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